めぐりめぐる。

落語や漫才を見るのが好きです。エンタメ系の記事を中心に、幅広く書きたいことを綴るブログです。メールでのお問い合わせはこちら「infomeg2@gmail.com」。最近投資系の記事は「http://www.toshi-meguri.net」で書いています。

俺はもうめちゃめちゃに走って逃げた

昨日の23時頃、三十路目前にして初めて家出をした。実家には療養でいたが、療養にはなっていなかった。

 

とにかく、怒られるのが怖いのである。適応障害なので。薬を飲み忘れたりあちこちに置いたり無くしたり、衝動性から電話をかけまくって倒れたり。そのことについて問い詰められるほど、僕はおかしくなった。

 

そして風船が破裂するように僕の衝動性がMAXになり、友達にヘルプコールを送ったあと、叫ぶ母親を押しのけて家を出た。それはもう競技選手なみに走った。途中で妹が待って!とつらそうに叫んだが、僕は聞こえないふりをして走った。時々ついてきているか振り返りながら、慎重に裏道を選び、とにかく走った。

 

そのうち、なぜこんなことになったのか考えを巡らせたが、考えはまとまらなかったし、まとまるはずもなかった。環境に適応できないからだ。躁鬱が激しいからだ。衝動性が抑え切れないからだ。とにかく走ったあとは、ゆっくり歩き、水を少しだけ飲んだ。喉がとにかく痛くて、息が上がっていることを認識した。

 

捜索願を出される一歩手前だったが、友達が間に入ってくれて、今はその人の家で療養している。非常におだやかな日々だ。あいかわらず衝動性があり、人の家を掃除したりスロットをしたりしている。ただ、前よりはマシだ。

 

親がかわいそうである。自分を責めることはいくらでもできるが、親を慰めることは容易ではない。誰も悪くないのだが、神が仲裁してくれるわけでもない。これが人間の地獄、原罪からくる苦しみであると僕は思った。

 

あと最近は手を切ってしまう人の気持ちがよくわかるようになった。言語化しよう。例えば君に電話をかけたい相手がいるとしよう。家族、恋人、友人。なんでもいい。出てくれない、あってくれない。そう思うと、切ってしまうのだ。僕はまだそんなことはないが、状況が悪化したら容赦なく腕を切るだろう。当てつけか、痛みを感じたいのかわからないが、そうしたい気持ちはよくわかる。病んでいるやつはそういう感覚を持っていることをみんな理解したほうがいい。

 

とにかく、体調に波があり、また衝動性やこだわりがあるため、やりたいようにやらせてくれるのが一番なのである。怒られると、だめだ。もう、どうかなってしまう。だから一人になりたいと親に伝えたのだが、うまく伝わらなかった。療養できないのはなぜだと思ったのだろう。朝から晩まででかけるのが気に入らなかったのだろう。僕は家にずっといると鬱々としてしまうし電話をかけまくって倒れてしまうから、むしろよかったのだが。人と人とはわかりあえないものだ。

 

そんなわけで、居候で御座候というわけだ。今は楽しくしている。だからもう、俺のことを怒ったりする人には近づかないで欲しい。頼む。平和な日常を望んでいる。

 

続・適応障害の話

体調をめっちゃ崩しています。元気になりつつありますが。

 

先週に4時起きで洗い物をして、5時からFPの勉強をしていたら頑張りすぎたのかぶったおれました。また例によって動けないやつです。

 

ようはね、1時間動いたら1時間休む、幽遊白書のアンテじゃないですが、常に2割くらいの力しか出しちゃだめなんすよ。それを最近理解しました。

 

わりと人生楽しいです。休職中というのは悲しいですが、休みなので人に会えます。遊べます。わりと元気です。

 

みんな適応障害の関わり方とかわからないっしょ?まあ大丈夫なんだよ。タイミング悪いとあれだけどね。そんなもんいつも一緒だしさ。

 

ただ俺の場合怒られるのと人の顔色を伺う癖はひどくなりましたね。うわあああああああああああってなってしまいます。それだけはつらみですね。

 

まあ休みながら身体をいたわってます。遊びすぎて昨日は12時間外出したら怒られました。でも、倒れなかったよ昨日は。

 

なんつーかね、外出たほうがいいんだよ。なんかね、電話かけちゃうんです一人でいると。16時間くらいかけちゃうの。かたっぱしから。依存症だね。

 

迷惑極まりないけど、みんな優しいじゃん?いつでもかけてきていいよっていわれるじゃん?かけるじゃん?倒れるじゃん?繰り返しなんだよ。朝日が登って降るのと一緒。美しい景色もいずれ終わるし、衝動性もいずれ終わるけど、そのあと身体にきちゃうわけ。

 

みんなにやって欲しいことは、とにかく静止すること。楽しそうにしている。人生が楽しい。身体が動く。そういってたら、休ませることだな。とにかく早めに休む。これに限るぜ。

 

さあ、みんな僕にかまってよ。元気だからさ。エモい文章描けてよかったよ。最後にだけど、起きてる間ずっとあいみょん聴いてる。みんな聴いてくれよな。じゃあね!

 

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適応障害で休職してから1ヶ月経った(過ごし方・自立支援制度の申請など)

 

お仕事を休んでいます。

 

僕は営業職で、法人の新規開拓と既存顧客に対して3Dスキャナーや3Dプリンターを販売する仕事をしていました。実は、今年は結構成績が良くて、粗利ベースでは年間の目標を7月にはすでに達成してました。でも、実際は仕事がきつくなってきて少しずつ病んでしまった。その辺のお話と、当時の心境や生活についてお話したいと思います。

 

成績が良いということは、それだけ忙しくなるということです。機材を販売すればするほど自分が苦しくなる気がして(実際苦しかったのですが)、数字が上がるにつれて息がつまるようになりました。

 

特に3Dプリンターというのが曲者なのです。使ったことがある人にはよく理解してもらえると思うのですが、3Dプリンターのトラブルシューティングをしていくのはとても難しく、対応するのは大変です。3Dデータの作成、造形設定、造形といった工程があるのですが、どちらかというと造形は失敗することが多く、材料によって特性も異なるため、膨大なケースを想定してお客様に「こうしてみてください」を繰り返すことになります。はっきりとしたことを申し上げられない状況というのは、僕にとってかなりのストレスだったようです。未解決のことが積み上がっていくことは、本来は珍しいことではなく、割り切って1件1件処理していくことをみなさんされていると思うのですが、僕は苦手のようです。なんだか書いていて辛くなってきました。

 

1月から6月の半期の会社の評定で「お客様の悪口を言って精神を安定させるのはよくない」と注意を受けていました。確かに僕は結構大きな声で(文字通り)同僚に対してそうした態度をとっていたと思います。かなりバランスを崩し気味だったのかもしれません。悲しいですね。

 

上記のことはまあほんの一部分の話ですが、3Dプリンターに限らず、3Dに関わっていると解決不能だったり原因がわからなかったりあれこれ問い合わせが多く、9月初旬に病み始め中旬には有給を使って休むようになり、先月正式に休職しました。

 

当時は身体がとても重たく、動けないということを体験しました。初めてです。本当に動かないのです。身体が鉛のようだみたいな表現がありますけど、そんな感じでした。身体を引きずりながら、妻に「ポカリくれ...」とゾンビみたいに言ってました。あとほとんど1日中寝てました。不思議なもので、1日18時間ぐらい眠れました。僕、普段6時間くらいしか寝ないんですけど。

 

会社に本当に行きたくなくて、泣くというのも初めて経験しました。自分でもちょっと驚きました。息子の寝顔を見て、「これからどうしよう」と思いつめたことも原因かと思いますが、情けない気持ちになりました。当時は気持ちの整理がまったくできなくて、とにかく気持ち悪くて、辛かったのをよく覚えています。

 

会社を休んでから病院にいくと、適応障害と認定されました。僕や身内は、会社に行く日だろうが休みの日だろうが死んでいたのでうつ病なのでは...と思っていたのですが、会社に行くことによる不安が原因と判断されたようです。ちなみに適応障害という言葉も初めてこの時に知りました。調べてみるとわかるのですが、確かになにがなんでもうつ病で済ませるわけにもいかなくて、本人の状況を見てそれぞれ判断される病名があるようです。気になる方は調べて見てください。

 

また僕の場合は生活環境の変化があって、7月から通勤が片道20分から60分になるような引越しをして、通勤ストレスが増えたことも原因の一つかと思います。さらにリビングの広さも半分になったので、ものが溢れてしまったことも非常に辛かったです。今は改善されて穏やかに過ごしてますが、当時はリビングが落ち着かず、ずっとうろうろ机の周りを歩き回るみたいなことになってました。今は笑い話ですが、結構深刻でした。お休みをもらってから少しずつ家具を整理して、ダイソーで大量のリフォームグッズを買って整頓することで部屋が広く感じられるようになったので、休めてよかったと思います。

 

また先週、自立支援制度の申請をしてきました。これは医師から診断書が出れば役所に申請すると特定の病院と薬局で3割負担が1割負担に減額される制度です。先月はまったく余裕がなく、いまさら申請したのですができる人は早くやったほうがいいですね。ちなみに申請には3ヶ月かかると言われました。審査長いです。また休職で自立支援の申請をする人は少ないみたいです。(だいたい2ヶ月くらいで治っていく人が多いため)でも僕は別にパニック障害も抱えているので、その治療も含めて長く病気と付き合って行くことが想定されたので申請しておきました。

 

ちなみに申請中に仮申込書というものが発行されて、それがあれば申請が通った後に3割負担で多く払った分を払い戻ししてもらえることもあるようですが、僕の通っている病院では認められていないようでした。申請中の期間なので、正式な書類が出るまではそれはお断りですという態度です。まったく、その通りかと思います。残念でした。

 

あと、傷病手当金の話です。どうもこの手の手当てというのは休職前の直近3ヶ月の標準月額報酬を平均し、2/3する額をもらえると思っていたのですが、調べてみると直近12ヶ月で除するようです。すいません、適当にこれは調べているので間違っていたらごめんなさい。まだ申請もしないので、わかったら追記したいと思います。

 

なぜ申請していないかといえば、「1ヶ月休職した」結果を申請するからです。先に申請ができないのです。今思えば当たり前ですが、お金がごりごり減って行く中でこの対応はちょっと辛いので覚悟したほうがいいです。つまり1ヶ月後の今日に傷病で休んだことが確定し、会社に書類を作ってもらい医師にも記載してもらい、ようやく完成して申請して審査されていくわけです。結構かかります。文句は言えませんが、予定で前倒ししたいものです。生活資金には余裕がないわけじゃないですが、ゴリゴリ減って行く総資産額は見ていて気持ちのいいものではありません。株価はなんとか見れますがマネーフォワードは最近怖くて見てないです。困ったことに。

 

最後になりますが、幸せな時間もあります。1歳1ヶ月になった息子と超関われることです。お母さんべったりの時期で、妻が風呂に入っている間2人きりになると大泣きしていた息子が、今では抱っこしてほしいと寄ってきます。やっぱり育児は関わった時間が大切です。離乳食の作り方も覚えて、一人であげられるようになりました。子供と二人きりになっても安心です。昨日は抱っこ紐を使って移動してみましたが、ぐずることもなくニコニコしてくれました。嬉しいです。

 

仕事をしていた時は役割分担の意識が強く、積極的に(まあそれでも関わってたつもりだったんですが)子供と接することは今思い返すとあまりなかったのではないかと思いますが、今はしっかりと向き合えていると思います。この時期の子供とずっといられるのは幸せです。子育て支援センターに定期的に行って一緒に遊んでます。保育士さんに仕事のことを聞かれることだけは辛いですが、楽しそうな子供を見るのは幸せです。最近幸せだと感じることがなかったので、穏やかな日々に感謝しています。

 

時々まだ体調を崩してしまうので、休職がまだまだ伸びるかもしれませんが、少しずつ自分と向き合って、頑張って行きたいと思います。3000文字も書いて疲れてしまいましたので、また今度で。

 

産みましょう、日本の未来のために!

職場に育児休業を終えた三児の母がかえってきた。非常に気立てのいい人で周りから好かれているので、「復帰歓迎会」なんて食事会が自然と開催されるほどだ。なるほど好感の持てる性格、行動をすれば人生は豊かになるのだなと僕は思った。


今日一番下の子が一歳になるんですよ、と話があったので、僕の息子も今月一歳なんです既に歩き始めているんですよと自慢したら話が盛り上がった。子供が三人もいて仕事もしていたら大変でしょうと僕が労わると彼女はふふっと笑って「大変だけど子供に癒される日々です」と言ってのけた。なるほどこれが女の強さなのかと思いつつ、生きることの大変さとか子供を持つ責任をひっくるめて受け入れ、楽しさを見出している彼女は眩しいなあと思った。


すごいなあ、三人子供を持つなんて想像つかんすよと独りごちた僕に「いやいや、たくさん産みましょう日本の未来のために!」と彼女は言って仕事に戻っていった。実に面白い人だと思う。実は僕も同じようなことを考えていて、漠然とした「家族が欲しい、子供を持ってみたい」という動機に加えて、将来の日本を担う子を残したいという気持ちを確かに持っていたのだ。いつ自分に芽生えた感情なのかはわからないけれど、少なからず愛国心があり、次の世代を育てたいという想いはある。もちろん正確に言えば子を埋めるのは母であり、偉そうなことは言えないので黙っていたけど、そういう信念の元生きている人も周りに存在するんだと知って僕は嬉しくなった。



抑制と情熱の間

アル中カラカラ、という言葉で話題になったおじさんがいるのをご存知だろうか。凄まじい濃さでハイボールを作り、恐ろしい量を笑っちゃうスピードで飲み干すのだ。

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炭酸をウイスキーで割っていると言ったほうが正確そうな飲み物を楽しそうに飲みながら、汚い畳の上で肉や野菜を切り、何年も洗ってないように見える炊飯器で飯を作る。「おいしーかも!」というのが彼の口癖なのだが、一切抑制の効いていない、欲望のまま食いたいものを食い飲みたいものを飲んでいる姿を見ていると、なんだか幸せそうで羨ましく感じてしまう。

 

我慢するとか清潔に保つとか自分を大切にするとかそういった概念は存在していなくて、ある種の自傷行為にも見えるけど、抑圧されていないおじさんの一つ一つの行動を見ていると、そこには間違いなく人間としての幸せが確かにあるように思える。

 

利口的であることが必ずしも良いわけではなくて、本当は良くないと思いつつも己の声を聞いて羽目を外してみるのもいいかもしれないと思った。

 

ただ僕はもう長いこと自分の心の声を聞くことをしてこなかったので、アル中カラカラさんのように思いっきり何かしたい、行動したいと思えることがない。わからない。これはちょっと悲しいと思う。

 

ちょっとでも自分が意欲的になれていることを見つけてはメモを取り、知るしかない。壮大なリハビリをしているような気分だ。