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めぐりめぐる。

落語や漫才を見るのが好きです。エンタメ系の記事を中心に、幅広く書きたいことを綴るブログです。メールでのお問い合わせはこちら「infomeg2@gmail.com」

【新社会人へ】働き方は選択できるということ

仕事

 

最近4月が近づいてきたからなのか、新社会人に対するメッセージを多くWEB上で見かけたので、僕なりのメッセージを書きたいと思う。

 

僕もかれこれ社会人になって5年ほど経つわけで、それなりに社会に揉まれ、成長し、あるいは磨り減ったりしながら生きながらえてきた。働く中で感じられる喜びも、怒りも切なさも、たくさん経験した。一時期、自分の将来が見えなくなり、死のうと思った時もあった(今は違うけどね)。そんな僕からアドバイスというか、「働き方を選択することによって、自分を取り巻く環境がどう変化し、どのようにキャリアに影響を与えるのか」自分の経験談を交えながら書きたいと思う。

 

僕は大学時代の4年を経て、超零細のIT企業へ入社した。社員1名の会社だ。新卒カードと呼ばれる、いわゆる社会にでる瞬間の人間に与えられるアドバンテージを捨てて、僕は技術的に尖った会社への入社を決意した。社員数が少ない会社を選んだきっかけは「チャンスを得たいから」だった。僕はよくばりだったので、早く成長するためには人数が少ないほうが責任のある仕事を任せてもらえると思ったし、組織がフラットな内のほうが仕事に集中しやすいと予想していた。そしてそれは概ね正しかったわけだが、問題は僕の覚悟の方にあった。当たり前だが、少人数で構成される組織に入るということは、会社に入ってくるありとあらゆる問題に対して向き合い、自分の適正に関わらず全力でぶつからないといけないということだ。

 

管理部もなければ経理もなく、仕事を選ぶこともできない。目の前にあることから逃げようとするならば、それすなわち「いらない人」ということになる。会社をこれから大きくしていこうとする段階の組織に入るということは、それ相応の半端ではないエネルギーを求められる。逃げ場がないまま、残業時間が月に100〜150時間という生活を数年やり過ごしたのち、ノイローゼ気味になって会社を辞めた。仕事内容としては、システムエンジニアと営業の二足の草鞋を履いた状態に加えて、自社サービスの開発や展示会への出展のディレクションなど、新卒のペーペーにしては実にたくさんの貴重な体験ができたわけだが、僕は賢くなかったし、エネルギー量も限界だったし、社員数も少なかったから何もかもが中途半端になってしまって、「この先僕はどんな風にキャリアを積んでいけばよいのだろう」と思い悩み、そして逃げ出した。社会の厳しさに触れて、この先生きていけるのか不安を持ったまま、次の転職先を探す有様だった。(今は比較的大きな規模の会社に入り、自分の能力が発揮できるフィールドで活躍できるようになった。ただ、収入は少し下がってしまった)

 

このように、僕はこの手の仕事、そして少ないリソースから小さく成功を積み重ね、やがて大きな成功をつかむことができなかった。僕の能力が足りなかっただけだ。君は違うかもしれない。僕はもう少し頑張れば何か成し遂げることができたかもしれない。ただ、とにかく、限界がきてしまった。でも、君ならできるかもしれない。

 

今、君の前には「大手企業」と「中小企業・零細」の二つのカードがあるとしよう。そうしたら、どちらを選ぶだろうか。一度よく考えるといい(もちろん、選べるだけの君のバイタリティーや学歴があればの話だけど)。例えば大手企業に入ったとしよう。とても大きな規模の会社だ。しっかり利益も出せている優良株だ。そこで君は「商品企画部」に入って、世の中に流通するような商品を生み出す仕事に就きたいと思い、入社を決めた。ただ、大手企業に入ったなら、君の願いが叶う可能性は低くなる。

 

組織が大きく、一度に出入りする人間の数が多いので、「適材適所」の考えのもと、君を希望とは全く違う部署に配属する可能性があるだろう。一緒に働く人間も、仕事も選べない。そういった可能性は必ずある。ただ、大手企業にはいれば、研修は充実しているだろうし、君が成功するためのフォロー体制は整っているかもしれない。自分一人の力で何から何までやらなくて済むので、会社の資本と人を上手に使いながら成功できるかもしれない。

 

仕事が自分に合わなかったら、他の部署に異動することだって可能だろう。組織が大きければ、ジョブローテーションの考えの元、自分に適正のある仕事を見つけることだってできるかもしれない。あくまで可能性の話だが、そういった体制の元で自分のキャリアをどうするか考えることができる。でも、君の前に入った人たちもたくさんいるから、すぐに面白い仕事に取りかかれるかと言えば、NOだ。たくさんの同僚の中で競争しないといけないし、上の上司からの命令で当分は動くことになるだろう。責任を負って、大きな金額の仕事を自分のディレクションの元に回すといった経験は、就業後から何年経っても得ることができないかもしれない。そうしたじれったい想いをするかもしれないんだ。

 

一方僕のように小さい組織にはいれば、実にたくさんのチャンスが舞い込んでくる。すぐに仕事を任される、というか任せないとやっていけない状況の中で、常に成長することを求められる。組織が小さいので、儲かった時の配当の大きさも魅力的だろう。でも、すごく精神的には追い詰められる。今の環境でやっていけないと思った瞬間、「退職」という言葉がちらつく。逃げ場はないんだ。そういった辛さと向き合い、また自分のキャリアは自分で考えて、自ら行動することを求められるだろう。本来会社というものは、利益を出すことを最大の使命として、スタッフ一人一人のキャリアなんて考えちゃくれないんだからね。

 

また、職種によっても大きく君の働き方は変わる。例えば事務職のような仕事なら、定時で必ず退勤して、アフター6を自分の時間に当てるということが可能だろう。もしくは御用聞きのルート営業とかね。自分で何かを創造するというよりは、言われたことを言われた通りにこなすタイプの仕事であれば、負荷の低い働き方ができる。ただ、将来的にもらえる給料は低くなる。誰でもできるからだ。

 

一方、商品企画やサービスを生み出すタイプのクリエイティビティを求められるタイプの仕事をするのであれば、おそらく定時退勤は望めない働き方になる。ものづくりというのは、正解がないからだ。考えて考えて、答えを導き出す。デザイナーも、企画も、エンジニアも、比較的過酷な労働時間になりやすい職種だ。こういった仕事に就きたい、生涯賃金をあげたいと思うなら、そうした働き方を求められる可能性があるということを覚えておこう。もちろん全ての職場がそうだとは限らないけど、決められた時間の中で全てのことが万事進んでいくタイプの仕事ではないことは、少し想像すればわかると思う。

 

こうしたことに気づくのに僕は何年もかかったわけだが、これから社会人になる君にはまだたくさんの時間が、そして選択肢がある。自分が何になりたいのか、何が天職なのか。そんなことはわからないという人のほうが多いだろう。だから、よく考えて欲しい。自分がどう働き、生活をしていきたいのか。自分の選択によって、未来はがらりと変わってしまうのだから。

 

妻の良いところをたくさん考えてみた2017

女性 恋愛 暮らし 結婚

 

昨年の4月に結婚した妻が僕にはいて、付き合いの長さでいうともう5年以上経つ。一緒にいることが当たり前になっていく中で、それでも仲良く生きていけているのはお互いに対しての尊敬の気持ちや、感謝の言葉がたくさん言えているからだと思う。

 

慣れというのは恐ろしい。人は環境に順応する能力がとても高いから、(たとえ過酷な環境であったとしても)それに慣れていく。家に帰ると作ってある食事とか、お風呂が沸いていたりとか、ベルを鳴らすとドアを開けてくれるとか。家に帰った時に誰かがいる幸せや、同じTVを見て笑えることの泣きそうなくらい幸せを感じられる瞬間とか、外に出かける時には自然と手を繋ぐ優しい気持ちであったりとか。幸せに感じられるアンテナが敏感で、些細なことに喜びを感じられてこそ人は豊かな人生がおくれるのではないか。最近僕はそう思うのだ。

 

というわけで僕が妻を見ていて感謝したり驚いたり尊敬するポイントを書いていこうと思う。

 

朝必ず起きて僕が出かける時は玄関で手を振ってくれる

もう2年ほどこの習慣は続いていて、妻はどんなに眠くても寒くても布団から出て「いってらっしゃい」を言ってくれる。朝出かける時の気分が全然変わるので、すごく嬉しい。

 

ご飯を一生懸命作ってくれる

妻は百貨店で働いているので、帰りが21時過ぎになることも多いのだけど、家に着いてからすぐご飯を作ってくれる。クックパッドとオレンジページを眺めながら、なるべく野菜を使ったメニューを考えてくれる。仕事が終わってから食事を作ることのストレスがあるはずなのに、文句ひとつ言わない。本当にすごい。ちなみに今日は僕がご飯を作ろうと思う。いつも鍋とかオムライスでごめんな。

 

言い訳をしない

よく妻は入浴剤をお風呂に入れた後、そのゴミを浴槽近くに放置するので僕は怒るんだけど、毎回「ごめんなさい」と謝る。これは結構すごいと思う。一切言い訳をしない。言われたことに関して自分が悪いと思っても、素直に謝罪できるのは結構すごいことだと思う。そんな性格の良さと、おだやかな雰囲気が僕は気に入っている。

 

お笑い番組を一緒に見るのが好き

僕は妻とよくお笑いについて語ったり、一緒に番組を見るのが好きだ。時々このブログでも偉そうなお笑い批評を書いているんだけど、実は妻のほうが100倍詳しい。芸人の名前をあげれば、どこの事務所に所属していて、どんなキャリアを積んでいるのかそらで言えるレベルでちょっと怖い。例えば東京03の話をすれば、「アルファルファとプラスドライバー」の話がすぐに出てくるし、芸名の名前の由来までばっちりだ。すごい。最近は「内村てらす」を見て二人で盛り上がっている。あと東京ダイナマイトがお互い好きすぎてそのうち東京大阪に繰り出す予定だ。

 

頑張り屋さん

言われたことをとにかく素直にやるので、偉いなと思う。最近では、「子供ができたら在宅ワークでしか稼げないので、クラウドワークスとかやればいいんじゃないか」と話をしたんだけど、最近ランサーズなんかにも登録してせっせとお小遣いを稼いでる。理由をつけてやらないとか、面倒だとか、いろいろ思いそうなはずなんだけど、ちゃんとやる。偉い。そんな君が好きだ。

 

というわけで、この記事をプリントアウトして冷蔵庫にでも貼っておくことにするよ。

 

新聞を誰も読まない

雑記

 

朝8時半に出社して、30分日経新聞を読むというのが僕の習慣になっている。見出しを中心に記事を追い、興味深いニュースがあればクリップしたり、じっくり読んだり、周りのスタッフと情報を共有したりする。この時間はどれだけ仕事に追われていても作るようにしている。日々の忙しさにかまけて情報収集を怠ると、それだけ世間から置いていかれると思っているからだ。最近ではVRやAI関係のニュースと、企業総合や働き方改革のニュースなどを中心に文字を追うようになっている。

 

最近ではスマートニュースなどのアプリやYahooのニュース、ちょっとしたまとめサイトを通じて簡単に情報を閲覧できるようになった。でも、新聞と比べると情報量の桁が圧倒的に違う。これはもう歴然である。普段スマートフォンの小さい画面で数行のニュースを流し読みすることが癖になっている人は、一度新聞をコンビニで買ってみるといい。毎日発信されている情報の量、それはもう波のようだ。文字の量、ドラスティックに変わる世界情勢、次々に登場する新しい技術、変革されていく人の生活。その圧倒的な情報量に圧倒され、「知らないことが毎日これだけたくさんあるのだ」と驚くことだろう。

 

僕の周りにいる人は、新聞や雑誌をほとんど読まない。新聞が目の前にあっても、手にとって確かめる人は少ない。でも「変化に対応できなければ成長はない」とか言うものだから、それは一体どういう意味なのだろうかと僕はいつも考えている。ドラスティックに変わっていく世の中を知らずに、世間で何が求められているのか理解せずに、自分本位に何か新しいものやサービスを生み出したところで、評価されずに死んでいくだけだと思っている。

 

僕の言葉に感化されて「新聞を読もう」と思ってくれた人だけ、この先を読んでほしい。おそらく普段新聞を読んでいない、情報収集をしていない人が日経新聞などを手にとっても、情報の多さと理解できない言葉や歴史、時代背景が出てきて心を折ってしまうかもしれない。なので先にこの本を読むことをお勧めする。

この本を先に読むことによって、今世間で話題になっていることや、議論されていることの本質や背景、難しく捉われがちな言葉について理解が進むだろう。政治・経済・企業活動・金融・働き方・スポーツ・技術・医療...かなり広範囲な分野について、最低限の知識を得ることができる。ぜひトライしてみてほしい。

 

単純接触効果と美容師

仕事 営業

 

ビジネスマンで職務が営業担当だったりするとよく聞くかもしれない「単純接触効果」って言葉ご存知でしょうか。簡単に言うと「人は会う回数が増えるほど人に対して好感を抱く傾向にある」性質のことを示します。もちろん例外はあるんだけど、同じ学校、職場、サークルの中に存在する同コミュニティの異性に好感を持ちやすいのもこの性質が大きいのだと思います。

 

最近びっくりしたことがあって。毎月1回僕は髪を切りに美容院に行くんだけど、そこで1年ぐらい同じ美容師さんに仕事をお願いしてて、カットの途中や帰り際にきちんと鏡を持ってきて、「いかがですか?」と丁寧に聞いてくれるんだけど、そこで僕は「信用してるし、任せてるから毎回鏡を見せてくれなくてもいいんだよ」と美容師さんに言葉をかけた。その僕が発した言葉自体に、僕自身が驚いたと言うか。「ああ、たかだか月に1回、年間数十回程度しか会わない人に対して、僕はここまで心を許しているんだな」と感心した。

 

これがたぶん、現実的にはありえないんだけど、髪をカットする頻度が年に1回で10年間通い続けていたとしてもこんな関係にはなり得ないだろうなと思ったし、定期的にかつ、なるべく短い期間で顔をあわせることで物凄い効果を発揮するに違いないと感じた。

 

仕事で営業に置き換えるなら、ちょっとした隙間時間でも客先に訪問し、顔を出すことで単純接触効果を狙えるだろうし、その際の短い時間の中で毎回濃い情報提供や、人間として信頼できると思わせるような行動、態度、言動ができたとしたら、その先の営業活動が非常に楽になるのだろうなと思った。

 

こうしたビジネス上の心理テクニックというのはもうありとあらゆる本で語られていて、いまさら記事にして書くような内容ではないのだけれども、自分の中で腑に落ちたというか、「ああ、こうして人は少しずつ心を開き、信頼し、物やサービスを人から買うのかもしれない」と納得がいき、今後の自らの行動にプラスできそうな発見があった。

 

この「腑に落ちる」という体験はとても大事だと僕は思っていて、結局他人から学べることというのは実はわずかであり、そのわずかばかりのおこぼれを「自分の立場で置き換えることができるか」その1点が重要だと思う。こうした経験は非常に脳汁がドバドバ出て、ハイテンションで頭が回転するので、もっと機会を増やしていきたい。もっと頭を使って考えていきたい。

 

追記

単純接触効果や営業について効率よく学べる本を最近知ったので、気になる方はこちらからどうぞ。

【逃げ恥】逃げの転職だったけど、逃げて良かった2016

仕事 雑記

 

逃げるは恥だが役に立つ...そんな1年だった。

毎年この時期に、来年に向けて自分が大きく変化、あるいは成長できるように、目標を立てるようにしている。2015年は、「自立」だった。親元から離れて、自立する。自分の給料の中から生活費をやりくりして、今後の人生をデザインしていきたい。自分が一つ一つ決めたことを、着実にこなして、大人になりたい。あとは、今の妻と一緒に暮らしたいので、まずは同棲という形で関係の再構築をして、お互いにとって最高のパートナーかどうか確かめたい...。そんな想いを持って生きて、親から大反対されたけど無理やり家を出て、新たなスタートを切ることができた。飯を食うとか洗濯掃除を小まめにやらないとすぐに部屋が汚れるとか、家賃や生活費、電気水道ガス、税金といった、まあ息吸って生きてるだけでこんなにお金が飛んでいくのかとため息をついたりとか。でもこうした経験は親元にいたら絶対に得られない感覚だろうし、固定費を抑えるとかどう収入を増やせば良いだろうかだとか、また違う頭の使い方を覚えて一歩前に進めた気はする。環境が変われば人は変わる。いや、環境を変えればだろうか。変わることに期待するのではなく、自分から変化することを意識して過ごすことが大切だと学んだ。

 

2016年は、「結婚・転職」を体験し、非常に密度の濃い1年だった。ちょうど去年の今頃、僕は死んでいた。始めて就職した会社に勤めてもう4年近く経過していたが、一向に自分の仕事の仕方が確立せず、ちゅうぶらりんになっていて、苦しかった。社員がわずか2名という会社でシステム開発の仕事を2年半ばかり経験したが、数ヶ月休みが取れなかったり取引先に監禁されて家に帰れなかったりと、非常にハードな現場であったのと、ロジカルにシステムを開発することにいまいち没頭できなかったため、ジョブローテーションで営業に転向させてもらった。ところが会社に全く営業のノウハウがなかったことと、システム開発の請負の仕事を新規でとってくることのハードルが高く、気づいたら「ほんとこいつ会社でどう使っていこう」みたいな空気を社長からひしひしと感じるようになり、軽いノイローゼになっていた。

 

僕が約4年に渡って働き、本気で会社を辞めようと思ったタイミングが少なくとも4回ほどあったのだけど、その度に社長に「逃げの転職は絶対にうまくいかない」「初心を思い出せ」という言葉を頂戴し、そのたびに踏みとどまった。一理あったからだ。僕はシステム開発という「サービスを生み出す」現場で働きノウハウを蓄積して、その経験を生かして仕事を取ったり企画をして仕事を創造できる人間になりたいという想いがあった。少なくとも就職活動をしている時にはそういった熱い想いが確かにあった。でも働くにつれて、自分の将来のビジョンが全く見えなくなった。先が見えなかった。社長は何日も家に帰らず、よく徹夜をしていて、頻繁に奥さんから会社に電話がかかってきては喧嘩をしていた。いろいろなものを犠牲にして今の仕事をしているのは理解できたけど、時々聞くに耐えなかった。ワークバランスという考え方は確かに会社の就業規則に明記されていたけど、はっきり言って早く退勤する人は悪だという考え方が根強くあった。「家庭があるので、と言って早く帰ってもいいけど、出世は望めないからね」なんて話をよく聞かされた。もちろん言っていることの意味はよく理解できた。「家庭を顧みず、一生懸命働く奴と、家庭を重んじて早く帰る奴とでは給料の差をつけたいに決まっている」という考え方だ。これは実にその通りだと思う反面、その考え方に少し息苦しさを感じる時があった。成果ベースで考えればいいじゃないか...と。ただその成果を可視化することがあまりにも難しいため、たぶん長時間労働が善となっているのだろうと僕は思った。できる奴は自分の仕事量をコントロールできるが、できない奴は終電まで仕事に食らいつくしかなかった。成長はあったけど、あまりにもキツかった。「創造性の高い仕事をする場合は、多くのものを犠牲にする必要がある」という(その場の)常識は、僕をより一層その場所に縛り付けるものだった。

 

仕事と家庭を両立でき、自分の働き方をコントロールしたいと願うようになり、結婚が4月に決まっているにも関わらず、1月に思い切って仕事を辞めた。環境面に嫌気が差して辞めたので、いわゆる逃げの転職ではあったと思う。本来であれば実績を作った上でやめるべきだったと思うけど、心身ともに限界で、一生この言葉に引っ張られるとしてもとにかくその場から逃げだしたい気持ちでいっぱいだった。ただ転職活動はそこまで長期化せずに、最終的には納得のいく結果で終えることができた。

 

幸いシステム開発経験と営業経験を持った20代中盤というのは市場価値がそこそこあるようで、収入をほとんど落とさずに就職することができた。前の会社では全く評価されていなかった僕の能力が今の会社では評価されるといった面白い体験もした。ひょっとして、人を生かすも殺すも会社次第なのではないだろうか...と今でも思っている。社員が1人の会社から40名ほどの会社に転職したので、仕事がかなり細分化されていていたので、「自分が全てやらなくてもいい」という気持ちで仕事ができるのがすごくありがたかった。苦手なことや困難なことを、周りの人間と協力しながら進めていく。そんな仕事の進め方があるのだということに驚いたし、感謝しかない。何もかも自分自身でやらなくても大丈夫だよ。そんな風に声をかけてもらえる環境であれば、僕はもう少し前の職場で働けたのだろうか。

 

「お前の今抱えている問題は、仕事を辞めても永遠にお前自身について回るんだぞ」そんな呪いのような言葉をかけられて自分の未来がさっぱり見えなかったけど、今では少しずつ自分の将来を想像できるようになった。残り40年ほど、どのようにキャリアを作っていけば良いか考えられるようになった。僕には自分が思うほど創造性がなく、一人で物やサービスを生み出せるようなエネルギーはないけれど、仲間と一緒に仕事をし、頭を使って考え、会社に大きな利益を残すことはできるのだと、自分を肯定することがやっとできるようになった。本当に、良かった。

 

2017年は、今働いている会社の中で一番の売上を達成し、自分に自信をつけること。これを目標に頑張っていきたい。そして、呪いの言葉が追いかけてきても「今は実力あるもんね」とさらりと身を躱せるようになりたいと思う。