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めぐりめぐる。

落語や漫才を見るのが好きです。エンタメ系の記事を中心に、幅広く書きたいことを綴るブログです。メールでのお問い合わせはこちら「infomeg2@gmail.com」

リモートワークは「やむを得ずに」選択する手段だと思う、という話

IT 仕事 暮らし

イケダハヤト氏はいつも極端すぎる

イケダハヤト氏のこの記事を読んだので、リモートワークについて少し語りたいと思う。それにしてもイケダハヤト氏の「煽り方」にはある種の感銘を受ける。彼は「炎上ブロガー」なんてよく呼ばれているけど、程よく人を刺激するのが得意なようだ。記事の中に「突っ込みどころ」を随所に設けることで自然と周りの人間達がそれについて指摘をする構図が自然に出来上がっている。

www.ikedahayato.com

 

僕が気に入らないのは、彼の記事は大して考察がない割に「0か1か」という極端な論法を展開するところにある。「サラリーマンなんて働き方は古い」だの、「東京より田舎のほうが稼げる」とか言うんだけど、大した分析もない。

www.ikedahayato.com


で、周りの人が親切に間違っていることを詳細に綴り、彼のブログを引用するのでイケダハヤト氏が一番得をするという構造になっている。そして今回僕もある意味で彼の思う壺なことをするんだけど、義憤を覚えているので多少なりとも考察をして皆さんに情報をお届けしたいと思う。

 

リモートワークのデメリット

さて、リモートワークについてだけど日本語に訳すと「在宅勤務」だ。「リモートワークとは」と検索をしてもウィキペディアの記事は出てこない。まだ概念として定着していないのかもしれない。

 

元記事では通勤時間が往復4時間かかっている女性が、リモートワークという働き方を選択することによって時間に余裕ができ、生産的になったと書いてある。とりあえず往復4時間もかかるところからなぜ通勤するのかという疑問も湧いてくるが、ここではあえて突っ込まないようにしたい(こういうことを長々と書き続けると、家を購入したら会社の近くに移動するなんてできないとか、そういった不毛な議論が始まる)。

 

基本的に仕事を家に持ち帰るということは、リアルタイムのコミュニケーションの場を捨てているのだと僕は提唱したい。つまりリモートワークという働き方の選択をすることでよりコミュニケーションを正確に、綿密に行う必要がある。「伝える技術」が問われる。

 

例えば人が近くにいれば「あの件はどうなっていますか」と書類を見せながら聞けば良いことが、遠く離れている場所から確認作業を行うことによってコミュニケーションのコストが上昇する。「この添付書類の◯◯の◯◯についてなのですが、◯◯で良いのでしょうか」ということを文章に起こした上で連絡をし、さらに相手がこのメッセージを読んだのか、理解したのかどうかを確認するコストも発生する。顔を合わせていることにより簡単にできることが、場所を分かつことによって難しくなる。

 

また、アイデアを練り企画をして、世の中に様々なサービスを仕掛けていくタイプの仕事はリモートワークでは厳しい。アイデアのブラッシュアップに顔を合わせたコミュニケーションは必須だからだ。自由な風土で知られる米ヤフーでさえも、全社員が出社することを義務付けている。

 

通達は「通路や食堂での何気ないやりとりが、素晴らしい決断や考えにつながることは少なくない」と指摘。「オフィスでのみ可能となる意思疎通や経験が大切だ」と強調している。

www.nikkei.com

 

あえて「出社を義務づけている」 

この件で何が一番問題なのかと言うと、世の中の企業(名だたる会社から、零細企業まで)はリモートワークという概念を理解した上で、それでも会社に人を集めることにメリットを感じているから現在のワークスタイルに身を投じているのである。別にイケダハヤト氏に指摘されなくたって皆わかっていることだ。

 

実は僕が今働いている会社でもリモートワークが話題になり、実験的に社員全員の出社を義務付けないとしたことがある。しかし1ヶ月もしないうちに仕事が上手が回らなくなり、すぐに体制を元に戻した。

 

ソフトウェアの開発を行う会社だからということもあるが、「自分1人の作業で仕事が完結する」ことが稀であったため、コミュニケーションを密にする必要があったのだけど、当然先ほど書いた通り、顔を合わせていない状態でやり取りをするのはコストがかかる。

 

仕様を決定する打ち合わせ、設計作業、製造の過程において、細やかに変化していく状況を把握してプロジェクトを成功させなければいけないのだが、それに関わる人が近くにいないことで「伝える」という行為に重いハードルがのしかかる。

 

常にコミュニケーションツールをフル活用してのリアルタイムコミュニケーションも可能だけど、そうすると本来のリモートワークの良さがなくなっていく。自宅でずっと画面に向かって座っていてメッセージがやり取りできるように配慮するんだったら、会社に行ったほうがいい。そのほうが効率的だ。我々が決まった時間に決まった場所に拘束されるのには意味がある。

 

結論

1.リモートワークにおいても、ある程度決まった時間に決まった手段で必ず連絡が取れる環境を構築する
2.出社を基本とし、どうしても在宅勤務の方が都合の良い時だけスタイルを変更する
3.リモートワークに切り替える時は、在宅でコミュニケーションを取らなくても成果が上げられる状況を作る

 

以上の3つが僕は大事だと思っていて、要は「0か1か」の話ではなくバランスだと思っている。会社に出社するのはもう辞めようという議論には価値がない。

 

リモートワークという働き方の選択は実はとってもハードだ。出社をしないということは、リモートワーク中の自分の作業に一切の責任を持ち、一定の成果を上げることを約束する話になる。「この部品をこの手順に従って一日何個作ってください」みたいなルーチンワーク万歳ジョブならともかく、創造的で密なコミュニケーションが必要な仕事を行う場合には非常に困難が伴う。だからタイトルで申し上げている通りリモートワークは「やむを得ず」選択する手段だと思うのだ。