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めぐりめぐる。

落語や漫才を見るのが好きです。エンタメ系の記事を中心に、幅広く書きたいことを綴るブログです。メールでのお問い合わせはこちら「infomeg2@gmail.com」

「何とかなるさ」では、手遅れになる

雑記

人生何とかなるよ。そう諭されることが多い。何とかなる。本当かな?僕はいつも疑いの気持ちを抱いてこの言葉を受け取っている。

 

適当に様々な物事をやり過ごした結果、「いくつかのことを諦めざるを得なくなったが、自分の人生で好ましい点もいくつかあるので割り切って生活しています」と言っているように見えるのだった。

 

子供をつくるのは遅くても大丈夫だよ。まだ先のことだから考えなくても大丈夫だよ。きっと君なら大丈夫だよ。忙しく勉強しなくても何とかなるよ。一生懸命働いていたらきっと成長するよ。だれかが助けてくれるよ。人生何とかなるよ。まだ若いから大丈夫だよ。きっと大丈夫だよ。...本当かな?

 

ある種の物事というのは、タイミングを過ぎるとセメントで固められたみたいにテコでも動かなくなる。取り返しのつかない人生への、諦めの言葉を他人に投げつけているだけではないのか?

 

理由がほしい。そう思う理由をきちんと説明してほしい。日本語は少しふわふわしている気がする。主張に根拠をつけなくても会話が成り立つのは、なんだか不思議だ。英語だと、i think...と主張を述べたら、必ずbecauseで受ける。そうしないと、違和感があるからだ。でも日本語はそうじゃない。「いいんでねーの?そんなに考えなくても。」こんな言葉をぶつけることができる。僕なら、励ましや慰めの言葉を受ける度にそう思う根拠を説明して欲しい。長くなってもいいから、きちんと説明して欲しい。僕の人生はあまりにも限られていて、刻一刻と終わりに近づいていくから。僕には立ち止まっている時間もないし、考えるのを辞めていいほど裕福でもない。現状を変えられる力を身につけなければ、ずっとジリ貧なのだ。

 

まやかしの言葉なんて、いらない。