読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

めぐりめぐる。

落語や漫才を見るのが好きです。エンタメ系の記事を中心に、幅広く書きたいことを綴るブログです。メールでのお問い合わせはこちら「infomeg2@gmail.com」

消費されるアイドル

暮らし 雑記

洗濯をして外に洗濯物を干して、食器を洗い、掃除機をかけて、セブンイレブンで一杯のコーヒーと新聞を買って読んで、映画を見ていたら午後一時。飯の時間だった。


今日は何腹なんだろう。家から自転車を漕ぎ、ラーメン屋を通り過ぎて、定食屋を三軒スルー、イタリアンレストランではないことを確認し、吉野家では寂しいかなと思い直し、かれこれ30分。気温34度の猛暑の中、ああでもないこうでもないと考えているうちに汗で上着がべたべたになった。


参った。謎の敗北感。自分の腹に見合う店を見つけられないまま、諦めて古ぼけた喫茶店に入った。安さだけが取り柄です、と言わんばかりの店だ。店の扉の前には20年前に撮ったような色褪せた、ピントのボケたハンバーグ定食の写真。630円。まあいっか。そう思って入った。


黄ばんだシャツがよく似合う汗臭いウェイターに迎えられ、店の奥の方の席に座った。ハンバーグ定食を頼み、お水をもらったところでホッと一息ついていると、後ろから甘ったるい声が聞こえてきた。振り返ると、4人テーブルに後ろ姿で女性が一人確認でき、向かい側に強面のおっさんと胡散臭い顔をしたおっさんが座っていた。


強面のおっさんはとてもビジネスで着るようなものではないピンクのシャツに、ストライプのパンツを履いており、腕に金色のアクセサリをつけていて、どうみてもヤクザにしか見えなかった。胡散臭い顔をしたおっさんは何というか芸人の矢作の顔を三発くらい殴ったらできましたみたいなツラをしていて、歯が何本が欠けていた。こいつもまとな人間には見えない。


「アイドルって大変だよね」と矢作が言う。どうやら女の人はアイドルをやっているらしい。「ファンの方との距離の取り方とか、周りのメンバーとうまくやっていく方法をずっと考えてるんですぅ。あと人気もなかなか出なくて...」とアイドルは言った。自分が一言喋ると何かを確かめるように首を傾げる癖があった。さらさらの髪がクーラーの風に揺られ、青色の可愛らしいリボンがふわふわと舞っている。夏だなあ、と僕はなぜか思った。


アイドルが二言三言喋ると時折笑いが起きたが、矢作もヤクザも目が笑っていなかった。一刻もはやくこのアイドルのカウンセリングを終えたいような雰囲気があった。「移籍する選択肢もあるんだけど、できればここで頑張って欲しいんだよね」と矢作が念を押すようにアイドルに言った。どうやらアイドルは今のチームか何かを抜けて、別のところへ移籍、もしくは辞めることを視野に入れているようだった。ところがアイドルは全く関係のない話を始めた。◯◯で話題のあのチームは誰々と仲が良くてね...とか、あそこはチケットを毎週何百枚も売ってて...みたいな。結論が見えないまま、アイドルの途方もない話は続いた。


しばらくするとヤクザが5分おきぐらいに席を立ち、イライラした様子で電話をして店の中をいったりきたりするようになった。電話の様子はよく聞こえなかったが、たぶんアイドルの処遇をどうするか考え、事務所のマネージャーに連絡をしているのだろう。不穏な空気であった。矢作はアイドルに「もっとファンとの距離を縮める努力をして、今の環境で人気を出していこうよ」と説得をし始めた。会えるアイドル。先日どこかでファンに刺された女の子のニュースを思い出した。アイドルというのは偶像という意味だが、彼女達のリアルはここにあった。


「ほら、コーヒー冷めちゃうよ、飲みなよ」と矢作は言った。コーヒーと一緒に俺の要求も飲めよ。そう言っているように僕は聞こえた。背中越しではあったが、その言葉の輪郭ははっきりとしていて、おぞましかった。「はいぃ...」ようやく彼女も今の状況がわかってきたのか、少し声が震えていた。たぶん、肩も震わせていただろう。僕は後ろを振り返ることはせず、伝票を取り、レジへ向かった。「ありがとうございます!」とウェイターが元気よくカウンターから出てきた。1000円を出し、お釣りをもらう時に、さっきのテーブルに僕は目線をやり、その後ウェイターにも目配せした。ウェイターも何か察したようだったが、笑顔のグレートが二段階下がっただけだった。「関与しないのが、一番ですから」と彼の顔がそう言っていた。まあ、そうですよね。僕達は無力だ。店の扉を開けると、暑い空気が全身にぶつかってきた。その瞬間、僕は全てのことを忘れ、暑いことにしか意識がいかなくなった。「タオルを持って来ればよかったな」そう思い、自転車のペダルをゆっくりと漕ぎ始めた。