めぐりめぐる。

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人の生の危うさを想う

自分の人生は随分とたくさんの偶然によって成り立っている、と想う瞬間がある。例えば、妻の寝顔を見ている時。学生時代にちょっとしたきっかけがなければ、一切出会いもなく、交差することのない生活を送っていただろう。日々勉強し、就職をし、一歩一歩積み重ねてきた結果というよりも、神様のいたずらで今の生活が成り立っているような気すらするのだ。こんな感覚、わかるだろうか?

 

望んでも叶わぬ夢。追うと逃げる恋人。そこにいる時には気づかないのに、過ぎてしまうとその輪郭をはっきりと感じられる青春だとか。様々なものに翻弄され、いつしか「やってくる物事に反応しているだけの自分」を感じる瞬間はないか。

 

☆☆☆

 

人間らしくありたい、という気持ちを認識する度に、自分の不完全さに愕然とすることはないか。人に会い、身体を動かし、本を読み、旅をして、自分に欠けているものを探す。「外」に何か転がっているわけもないのに。自分探しと言いながら、自分から目を離し、外に目を向け、突然何か暗示があるわけでもないのに、何かにすがるようにじっと窓の外を眺める。

 

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生まれた瞬間からその生に喜びを見出され、何となく生きてきたが、これ以上何を頑張れというのか。

 

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この間、旧来の友人が死んだ。理由は、酒の飲み過ぎであったそうだ。酒を浴びるほど飲み、そのまま風呂に入り、溺れて事切れていたとのこと。生の苦しみに立ち向かうぐらいなら、酒に溺れていたほうが数倍もマシだったのかもしれない。死に顔は非常に安らかだったらしい。生から解放された喜びか、酒が回りすぎたことによる快楽の表情なのか知らないけど、なぜか僕は「良かったね」と思った。

 

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人の死は究極の完成体なのではないか、と想う瞬間がある。死んだ人は誰も傷つけないし、苦しんだりしない。環境を破壊することもない。僕は人を傷つけることがあるし、生きるのが辛い時ある。一日中クーラーをつけて部屋に篭り、ご飯を食べるのでゴミが出る。環境にも人にも優しくない。迷惑、という言葉が正確かどうか僕にはわからないのだけれど、生きていることによって実に様々は人に助けられ、迷惑をかけているのだという認識があり、それがたまらなく辛い時がある。布団をかぶっているだけで光合成ができ、誰にも迷惑をかけずに生きていけるような植物であればよかったのだが、人間なので仕方ない。二酸化炭素を吸って酸素を出せる機能でもあればね。僕には妻の悩みを聞いてあげることしかできない。

 

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生まれる時代を間違えました、と会社の上司に話したら大ウケだった。僕はいたって真面目な話をしたつもりだったのだけれど。「戦国時代に生まれ、14歳で元服し、戦場で斬られて死ぬ運命でありたかったです」と言ったら、腹を抱えて笑われた。僕はいたって真面目だったのだが。