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めぐりめぐる。

落語や漫才を見るのが好きです。エンタメ系の記事を中心に、幅広く書きたいことを綴るブログです。メールでのお問い合わせはこちら「infomeg2@gmail.com」

【逃げ恥】逃げの転職だったけど、逃げて良かった2016

 

逃げるは恥だが役に立つ...そんな1年だった。

毎年この時期に、来年に向けて自分が大きく変化、あるいは成長できるように、目標を立てるようにしている。2015年は、「自立」だった。親元から離れて、自立する。自分の給料の中から生活費をやりくりして、今後の人生をデザインしていきたい。自分が一つ一つ決めたことを、着実にこなして、大人になりたい。あとは、今の妻と一緒に暮らしたいので、まずは同棲という形で関係の再構築をして、お互いにとって最高のパートナーかどうか確かめたい...。そんな想いを持って生きて、親から大反対されたけど無理やり家を出て、新たなスタートを切ることができた。飯を食うとか洗濯掃除を小まめにやらないとすぐに部屋が汚れるとか、家賃や生活費、電気水道ガス、税金といった、まあ息吸って生きてるだけでこんなにお金が飛んでいくのかとため息をついたりとか。でもこうした経験は親元にいたら絶対に得られない感覚だろうし、固定費を抑えるとかどう収入を増やせば良いだろうかだとか、また違う頭の使い方を覚えて一歩前に進めた気はする。環境が変われば人は変わる。いや、環境を変えればだろうか。変わることに期待するのではなく、自分から変化することを意識して過ごすことが大切だと学んだ。

 

2016年は、「結婚・転職」を体験し、非常に密度の濃い1年だった。ちょうど去年の今頃、僕は死んでいた。始めて就職した会社に勤めてもう4年近く経過していたが、一向に自分の仕事の仕方が確立せず、ちゅうぶらりんになっていて、苦しかった。社員がわずか2名という会社でシステム開発の仕事を2年半ばかり経験したが、数ヶ月休みが取れなかったり取引先に監禁されて家に帰れなかったりと、非常にハードな現場であったのと、ロジカルにシステムを開発することにいまいち没頭できなかったため、ジョブローテーションで営業に転向させてもらった。ところが会社に全く営業のノウハウがなかったことと、システム開発の請負の仕事を新規でとってくることのハードルが高く、気づいたら「ほんとこいつ会社でどう使っていこう」みたいな空気を社長からひしひしと感じるようになり、軽いノイローゼになっていた。

 

僕が約4年に渡って働き、本気で会社を辞めようと思ったタイミングが少なくとも4回ほどあったのだけど、その度に社長に「逃げの転職は絶対にうまくいかない」「初心を思い出せ」という言葉を頂戴し、そのたびに踏みとどまった。一理あったからだ。僕はシステム開発という「サービスを生み出す」現場で働きノウハウを蓄積して、その経験を生かして仕事を取ったり企画をして仕事を創造できる人間になりたいという想いがあった。少なくとも就職活動をしている時にはそういった熱い想いが確かにあった。でも働くにつれて、自分の将来のビジョンが全く見えなくなった。先が見えなかった。社長は何日も家に帰らず、よく徹夜をしていて、頻繁に奥さんから会社に電話がかかってきては喧嘩をしていた。いろいろなものを犠牲にして今の仕事をしているのは理解できたけど、時々聞くに耐えなかった。ワークバランスという考え方は確かに会社の就業規則に明記されていたけど、はっきり言って早く退勤する人は悪だという考え方が根強くあった。「家庭があるので、と言って早く帰ってもいいけど、出世は望めないからね」なんて話をよく聞かされた。もちろん言っていることの意味はよく理解できた。「家庭を顧みず、一生懸命働く奴と、家庭を重んじて早く帰る奴とでは給料の差をつけたいに決まっている」という考え方だ。これは実にその通りだと思う反面、その考え方に少し息苦しさを感じる時があった。成果ベースで考えればいいじゃないか...と。ただその成果を可視化することがあまりにも難しいため、たぶん長時間労働が善となっているのだろうと僕は思った。できる奴は自分の仕事量をコントロールできるが、できない奴は終電まで仕事に食らいつくしかなかった。成長はあったけど、あまりにもキツかった。「創造性の高い仕事をする場合は、多くのものを犠牲にする必要がある」という(その場の)常識は、僕をより一層その場所に縛り付けるものだった。

 

仕事と家庭を両立でき、自分の働き方をコントロールしたいと願うようになり、結婚が4月に決まっているにも関わらず、1月に思い切って仕事を辞めた。環境面に嫌気が差して辞めたので、いわゆる逃げの転職ではあったと思う。本来であれば実績を作った上でやめるべきだったと思うけど、心身ともに限界で、一生この言葉に引っ張られるとしてもとにかくその場から逃げだしたい気持ちでいっぱいだった。ただ転職活動はそこまで長期化せずに、最終的には納得のいく結果で終えることができた。

 

幸いシステム開発経験と営業経験を持った20代中盤というのは市場価値がそこそこあるようで、収入をほとんど落とさずに就職することができた。前の会社では全く評価されていなかった僕の能力が今の会社では評価されるといった面白い体験もした。ひょっとして、人を生かすも殺すも会社次第なのではないだろうか...と今でも思っている。社員が1人の会社から40名ほどの会社に転職したので、仕事がかなり細分化されていていたので、「自分が全てやらなくてもいい」という気持ちで仕事ができるのがすごくありがたかった。苦手なことや困難なことを、周りの人間と協力しながら進めていく。そんな仕事の進め方があるのだということに驚いたし、感謝しかない。何もかも自分自身でやらなくても大丈夫だよ。そんな風に声をかけてもらえる環境であれば、僕はもう少し前の職場で働けたのだろうか。

 

「お前の今抱えている問題は、仕事を辞めても永遠にお前自身について回るんだぞ」そんな呪いのような言葉をかけられて自分の未来がさっぱり見えなかったけど、今では少しずつ自分の将来を想像できるようになった。残り40年ほど、どのようにキャリアを作っていけば良いか考えられるようになった。僕には自分が思うほど創造性がなく、一人で物やサービスを生み出せるようなエネルギーはないけれど、仲間と一緒に仕事をし、頭を使って考え、会社に大きな利益を残すことはできるのだと、自分を肯定することがやっとできるようになった。本当に、良かった。

 

2017年は、今働いている会社の中で一番の売上を達成し、自分に自信をつけること。これを目標に頑張っていきたい。そして、呪いの言葉が追いかけてきても「今は実力あるもんね」とさらりと身を躱せるようになりたいと思う。