めぐりめぐる。

落語や漫才を見るのが好きです。エンタメ系の記事を中心に、幅広く書きたいことを綴るブログです。メールでのお問い合わせはこちら「infomeg2@gmail.com」。最近投資系の記事は「http://www.toshi-meguri.net」で書いています。

新型コロナウイルス対策のSTAYHOMEをどう乗り切るのか

明日から仕事なんだけど、リモートワークで来週の金曜日まで会社の人と会う機会がなくて寂しいです。でもそう考えられるようになっただけ、回復したってことだよね。

 

★★★

 

人との関わりってとても大事だと思っていて、家で一人で籠っていると鬱々としてきてしまう。やることがないからTVを見続ける。そんな生活をずっとしていると、TVからは連日新型コロナウイルスのニュースばかり耳に入るし、身体は鈍るし、ため息ばかりついてしまう。

 

毎日一時間散歩したり、家で筋トレをして何とか乗り越えようとしてる。でもこんどはそれに頑張りすぎちゃって、それに疲れちゃう。笑っちゃうよね。

 

毎日決まった時間に起きて、決まった時間に出社して、みんなに挨拶して、懸命に仕事をして、達成感をもって家に帰る。土日は好きなところへ行って美味しいものを食べる。そんな日常がいつの間にか消え失せてしまって、ひどく悲しい。

 

「それって不要の外出じゃないですか?」外に出ていると、そんな罪悪感に苛まれる。でも人ってコミュニケーションを取ったり、日の光を浴びたりしないと死んじゃうじゃないですか。だから、少しずつ今の雰囲気が緩和されればいいなと思う。

 

人間らしい生活って言われるとちょっとわかんないけど、今の状況は異常だ。僕のかかりつけ医の人も言っていたけど、今の時期感情が不安定になる人が非常に多いらしい。そりゃそうだと思う。STAYHOME、STAYFOOLISH。それぐらいに早くなるといいな。

 

今年の桜は、たくさんの人に見てもらえず、儚く散っていった。雨に濡れて人に踏まれた桜の花びらを見た時は、ひどく悲しい気持ちになったものだ。

 

もうすぐ夏がくる。マスク姿の人たちが、汗だくになりながら街にあふれるのだろうか。みんなの限界の感情があふれかえり、暴動でも起きやしないか。そんな不安を抱えながら、今日も生きてる。

 

季節の変わり目の美しさよりも、一日何人の感染者が出たかばかり報道される世の中。家賃が払えなくてつぶれていくお店。学校にいけない子供たち。生活に困窮するシングルマザー。早く終わってほしいと、心から願う。

 

バランスとは難しいものだ。人の移動を緩和したら、またウイルスが蔓延するのではないか。でも経済的にも限界だ。本来天秤にかけるものではない。かけられるものではない。そのために今政治家が頑張っている。批判ばかりが飛び交う日々だが、みんなもう少し手を取り合えないものだろうか。誰かを批判しても、何も変わらない。建設的な意見と協力で世界は変わっていく。

 

人の頑張りを認め、褒め、落としどころを早く見つけ、一刻も早くこの状況を打開してほしい。そのために、僕も何か社会貢献ができればと思っている。

 

僕は今テレビ会議システムやWEB会議システムを販売しているが、文教向け(学校)にもシステムを提供している。この間はとある学校で、7人の先生の前でWEB会議システムについて激論を交わした。授業に子供を参加させたい、そのために教員が何ができるか、どんな環境が必要なのか、どんな運用を想定すればいいのか。その質問に対して、僕は真摯に対応している。

 

最近は学校向けのWEB会議システムが半年間無料だったりして、お金にはならなくて、まあ上司には黙ってるんだけど、社会貢献だと思って休日も対応してあげたりしている。僕にできることはそれぐらいしかないからね。

 

でも、こういう形で何か社会貢献ができる仕事につけて本当によかったと思っている。僕の会社も決して需要があるからといって油断できる状況ではないんだけど、そういう人たちのために何かができるというのはうれしいことだ。

 

その行いが、いつか自分に返ってくると信じて。

生と死の狭間から帰ってきました

久々にブログを書くのでとても緊張します。でも、やっとこさ自分のために、自分のための文章を書く気になったので書きます。

 

2019年の4月、僕は死にかけていました。離婚し、子供とも別居し、心身ともにボロボロでした。自殺ばかり考えていました。生きる意味がよくわからず、「死にたい」とよく検索したものです。あんまりにも調べるので、同じページにばかり行きつき、そのたびに違うワードで検索し、何か答えを探し、結局何も見つかりませんでした。

 

失業、離婚、躁鬱、適応障害、パニック障害を抱えて、もう何をどうしたらいいのかわかりませんでした。妻が出ていった家を引き払うのにも時間がかかって、よく実家を行き来しました。帰る家があるというのは、幸せなことだったと今では思いますが、随分とつらい思いをしました。自分の居場所は一体どこなのか、よくわからなくなってしまったのです。

 

家族に何とか手伝ってもらい、家を引き払って帰省、あるいは実家に寄生したとも言える行動ができたのが2019年の5月。そこから、5か月の間、ずっと僕は寝ていました。

 

死ぬことを考えながら、でも死にきれず、youtubeでラジオやら誰かの配信やらを一日中つけっぱなしにして、15時間くらい眠っていました。眠るときだけは、何も考えなくても済むので楽だったのです。起きていると涙が止まらなくなり、感情がなく、笑うことに罪悪感があり、徐々に顔がこわばっていき、鏡の前の自分を見て悲しくなったものです。運動もしなかったのでお腹もぽっこり出てしまって、情けない姿でした。

 

かかりつけ医の先生は、そんな僕を辛抱強く見てくれました。「人とかかわるようになれば、楽しいことが待っているよ」そんな言葉をよくかけてくれました。今ならその意味がよくわかります。でも当日はその言葉がなかなか信じられず、家族と少しばかりの会話をするだけの生活で、回復の見込みはなかなかありませんでした。

 

そんな僕でしたが、家族は何を言うわけでもなく、じっと見守ってくれました。時間をかけて、じっくり治せばいい。そういう理解のある人たちで助かりました。働け、動け。そんなことは言わず、体調をただただ毎日気遣ってくれました。そのおかげでしょうか、ほんのすこーしだけ、すこしだけ、何とかしないといけないな、という気持ちがわいてきました。29歳、まだやり直せる。母が言った言葉でした。若いということも、思いやりのある家族がいるということも、とても僕にとってラッキーな事実でした。

 

2019年の9月に、思い切って就職活動を始めました。身体を壊したときに所属していた会社で僕は休職扱いになっていましたが、その休職の期限がちょうど9月末。1か月しか猶予はありませんでしたが、とにかくやりました。エージェントを介した就職活動。ハローワークでは条件がいいところが見つからない気がしたのと、エージェントにお金が払えるくらい採用活動に力を入れていて余力がある会社を見つけたいというのが狙いでした。

 

まあ、そんなに甘くなかったです。1年間の休職履歴がある人間、リスクのある人間を雇おうと思ってくれる会社はなかなかなかったです。何社も落ちました。時にはひどいことも言われました。暖かい言葉で、しかし丁重に断られることもありました。会ってくれるだけましだとは思いましたが、きつかったです。でも、何とかふんばりました。

 

もう駄目だなと思い始めたとき、一社雰囲気の良い会社に巡り合いました。ビデオ会議システムやWEB会議システムを販売する会社。時代にも合っているし、ここしかないと思いました。面接の練習を何度も重ね、面接に臨みました。行ってみると、驚きました。とても僕の話を真剣に聞いてくれて、相槌を打ちながら話を聞いてくれたのです。後でわかった話ですが、休職履歴のあるリスクよりも、僕のコミュニケーション能力を高く買ってくれていたようで、1次面接後、すぐに最終面接の連絡がきました。経営層に「こいつが欲しい」と直訴してくれたそうです。今の僕の上司に当たる人ですが、とても暖かい人で、人のことを良く見てくれていて、ほとんど怒らず、親切で、苦手なところはしゃーない、短所よりも長所を伸ばせばいいと言ってくれるいい人と巡り合いました。僕はいつもそうですが、めぐりがよいです。人との出会いに関して、自分のめぐりあわせに関して、いつも幸運に思っています。

 

最終面接も無事に通り、僕は今、コロナウイルスの影響で需要のあるビデオ会議システム、WEB会議システムを販売する営業マンとして働いています。最初は心が折れて、辞めたくなりましたが、上司が何度も助けてくれて、今、自信をもって働くことができています。

 

ブログのタイトルにもありますが、ほんと、めぐりやな、と思います。

 

自分のめぐり、人との出会いを大切にして、これからはちゃんと生きていこうと思ってます。ちゃんとって何かよくわからないですけど。少なからず仕事を通じて社会貢献をして、なんか楽しいことがあればな、と思ってます。

 

長くなりましたが、そんなわけでめちゃくちゃ端折りましたが、紆余曲折ありましたが、僕は今、油断は禁物ですが、元気になってきました。またブログも書いていこうと思っています。

 

どうぞこれからも、このブログをよろしくお願いいたします。

 

美容師を飼いたい

「なんか冷静な人っすよね、(精神の)障害あるのに」

 

と僕の行きつけの美容師(結構かわいい)は言った。月に1回しか髪を切らないので滅多に会わないんだけど、随分とこの美容師(結構かわいい、歳下)の子には助けられている気がする。

 

「なんで私を選んでくれたんですか」

 

最初はそんな会話から始まった。今思うとお見合いかな?と思うんだけど、たぶん無意識に客に聞いているんだね。まあ美容師も美容院も数多い中で、「なぜ?」を突き詰めることはとっても大事だと思うので、僕もそれに付き合う形になったわけだ。

 

「スタイリスト歴5年以上、アシスタント歴2年以上あったことかな。あとは容姿」

 

そう言うと彼女は爆笑していた。たぶん店じゃなかったら腹を抱えていたと思う。この子は随分とユニークな雰囲気を持っていて、ちょっと触れると破裂してしまいそうな底抜けの明るさを持ちつつ、まるで精神科の先生のような安定感を兼ね備えている。相反する素質を維持しているのはすごいと思う。

 

あとまあ、僕が一人暮らしが長くなっていたのもあると思うんだけど、付き合っている人はいるんですか?と彼女が質問してきた時はひどく驚いた。よっぽど所帯持ちに見えなかったらしい。いつまでもくすぶってそうな男に見えたのか、やんちゃな奴に見えたのかは今だに怖くて聞けない。まあ実際のところ僕は夫としての生活を一切していないのだし、大きく外しているわけじゃないもんな、と思った。

 

「まーあたし、寝ればだいたいのことは忘れちゃうんで」

 

と笑顔で言うのだけど、僕が言ったことは全部覚えている。僕が話をするまでもなく、離れ離れになっている妻と子供の話や、仕事の話を振ってくれる。仕事に復帰できなかったことを伝えたら、そーなんですねーと流してくれた。とても優しい子なんだと思う。

 

彼女は何と言うか、自分が置かれている状況を冷静に喋る僕がちょっと怖いようだ。

(まあ僕は今鬱気味だし、ひどく感傷的なのもあると思う)

 

精神を病んでいる奴は犯罪をしたり手首を切ったりするし、美容院にきてきちんと1ヶ月に1回髪の毛を整え、眉毛を剃っていかないと彼女はたぶん思っているのだろう。ある意味では正しく、また正しくはないのだけど、説明する義理もなかった。

 

僕が社会復帰できず、ただただ生かされていて、スーパーの野菜を見るだけで農家の人の働きぶりと流通の発達、品出しとパートのおばちゃんの苦労を回想して泣いてしまうと言ったら、考えすぎはだめですねえ、と僕の髪の毛を梳いて払ってくれた。

 

「あたしみたいな明るい人をたくさん集めれば大丈夫っすよ」

 

「がんばるわ...」

 

「ほらほら元気出して」

 

「とりあえず君を指名し続けるわ」

 

「怖っ」

 

僕は怖いようだ。

ひとりでいるということ

もう何ヶ月も望んでいない一人暮らしをしている。ひどく寂しい。

 

人間は適応性が高いので、それでも少しずつ、少しずつ、前向きになり、慣れて行く。でもそんな中で、その日常を軽く吹き飛ばす出来事が起こり、また不安定になっていく。

 

今日は階段下の棚を綺麗に整理していたら、子供がもう大きくなってしまって着れない服とか、帽子が出てきて、一気に自分の現状に自覚的になり、膨らんでいく孤独感を抑えきれなくなり、頭を抱えていた。

 

ひとりでいるということは、ひどく自由だ。何をしていても、何も言われない。でも、誰かが何かをしてくれることも一切ない。代わり映えのしない自分の部屋を見て、笑って見たり、孤独を感じてみたりする。繰り返しだ。

 

独り言は倍ぐらいに増えた気がする。大抵はため息だったり、謝罪だったり、怒りの言葉だったりする。頭から溢れた言葉が口から出て行くだけなんだけど、ね。 

 

僕の家はなぜか密閉性が非常に高くて、悪く言えば通気性が悪いんだけど、いまだに暖房がいらないくらい暖かく、窓の近くで日差しが気持ちよくて寝てしまう。で、誰も起こしてくれない。気づいたら寒くて、部屋が少し暗くなっていて、夜が迫っている。大いなる孤独が、少しずつ近づいてくる。それを避けるように、僕は料理をしたりお風呂を洗ったりしてやり過ごす。

 

気づいたら、おじいちゃんになっているのかな。

静寂

生きて欲しいと言われたので、生きている。生かされている。

 

社会のセーフティネットや、親や、妻や、動物に助けられている。

 

結局、どうしようもなく、生きるべきなのだということを痛烈に感じざるを得ない。享受しなければいけない。

 

社会に甘やかされ、寝たきりでも生活ができる。

 

スーパーに行くと、加工されてすぐに食べられる肉や魚がある。米がある。

 

豚しゃぶ肉を茹でるのが簡単で、僕はよくうどんやそばと一緒に食べる。でもこの豚しゃぶ肉は、もともと生きていた豚だった。大事に育てられていた豚だった。その豚が殺され、出荷され、加工され、自分の手元にある。その不自然さが、たまらなく辛い。

 

所詮何もできない人間であったのだと、突きつけられている気分だ。生きることの本当の辛さを知らずに、生きることの本当の厳しさを知っている人が育てて殺して解体して頂いた豚しゃぶ肉を食べて、無力さを感じている情けなさ。辛さ。切なさ。

 

僕は長らく、海外の精密機器を日本に輸入して販売する営業だった。他人が作ったものを、なるべく高く売る。自社製品でもない。作り手の想いも知らない。そんな空っぽなものを何台も売って売って売りまくった。目標に対して150%以上の利益を出したこともあった。たぶん運が良かっただけ。そして、非常に無意味だった。人が作ったものを、流しているだけ。また、ひどく不自然だった。そして僕は病気になった。必然だったのかもしれない。

 

☆☆☆

 

自立支援制度という国のセーフティネットがあり、ものすごく簡単に言うと特定の病気において医者にかかった時の受診料、薬代が三割から一割になる。僕はそれになんと言うか合格し、その資格を得た。そして病院に行ってひどく驚いたのだけど、結果的に僕の負担額は0割、つまり無料だった。どうやら市町村によって対応は変わるらしいのだけど、僕が住んでいる場所ではその町に住んでいる人達によって負担されるらしい。

 

でも僕はそれにひどく後ろめたさを感じてしまった。一割くらいせめて払うのにな...と。みんなにも知って欲しいんだけど、世の中には「もらえるものは全部もらっておけばいい」と思うタイプと「国や人に生かされていることに後ろめたさと窮屈さを感じる」タイプがいる。そして僕は後者であり、後者の人間もたくさんいるのだということをどうか覚えておいて欲しい。あなたが出してくれる社会保険に、頭が上がらない人もいるんです。

 

もう3ヶ月もすると、僕は障害者手帳と呼ばれるものを申請できる資格が得られる。様々な施設を安く利用できたり、交通費が安くなったりする。でも、どうしようかなって思う。

 

障害者手帳なんか持ちたくないのに、無理やり作らされて泣いている女の子もいる。そういうことだってある。僕たちは少なくとも現状をなんとかしたいと思っているし、自立したいと思っている。だから「自立支援制度」と呼ばれるわけだし、そうすべきだと思う。

 

国が教育でこうした制度を広くうたわないのは、はっきりいってこうした仕組みを悪用する人が出るからだと思う。インターネットが普及して様々な人の思想が見える中で、どうしても「もらえるものはもらっときゃいい」という強い思念が見えがちなんだけど、世界の片隅でもがいている僕たちもいるってことを、時々でいいから、思い出して欲しい。